私と旦那がハネムーンとして世界一周の旅に出発したのが2012年の6月の事でした。

54カ国を4年間かけて回った中、2013年からオーストラリア入りし、大きなキャンピングカーを借りて4万キロ以上の旅もし、メルボルンやタスマニア、そしてパースでは仕事をしてオーストラリアの暮らしや仕事、人、気候など実際に体感してきました。良い事も悪い事もあったけれど、海外移住するならオーストラリアの「パースに住みたい!」と思った理由をこの記事では書き連ねたいと思います。

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パースに約半年、住んでみて

” rottnest-island “photo by AUS移住.com

合計約4ヶ月のファームジョブでセカンドビザを先に取得してメルボルンからパースに移動したのは2014年の7月でそれから約半年パースに働きながら住んでみました。

上のビーチはパースから約19km離れた所にあるrottnest-islan (ロットネスト島)の写真です。小さな島なので自転車を借りて島をぐるっと回ったんですが手つかずの自然や動物に触れられ、程よくリゾート地としての町も整備されて最高に美しい島でした。また訪れたい場所です。それではパースでは仕事と住居でどんな生活をしていたかをまとめてみます。

仕事

仕事はメルボルンで習ったエスプレッソマシーンでのコーヒーの入れ方からラテアートの基礎を忘れたく無かったので、カフェかエスプレッソマシーンのあるレストランで働くつもりでした。・・が、ホストマザーに勧められ、近所のジャパニーズテイクアウェイのお店に応募することになりました。予想外にも面接のその日から採用が決まり、皮肉にもエスプレッソマシーンが撤去されたばかりの新店舗の方のキャッシャーとしてお店に立つ事になりました。

一方、料理人の旦那はスムーズという訳には行きませんでしたが、メルボルンでの”苦い経験” を踏まえて、オージーオーナーのちょっと高級な地中海料理のレストランのキッチンで働く事になりました。その後もこの仕事と平行しながらハウスシッターの仕事等も経験しました。

家・住む所

オーストラリアの国内でも物価が高いと言われるパースでは大出費となる「家賃」を浮かすべく、あのてこの手で家賃を無料にして、夫婦共働きでせっせとお金を貯めました。私は「無料」という言葉程怪しい物は無いと親から散々言われて育ちましたが「節約家」の旦那のお陰で、無料でも良い経験をさせてもらえる事は世の中に沢山ある事を知りました。長くなるので細かい節約方法と仕事や給料については別ページにて書かせて頂きます。

パースで高い家賃を「無料」にした5つの方法は?

でも、実際に長く住んだら良い所も悪い所もそれなりに見えてきます。まずは、悪かった事や治安の事からぶっちゃけていきます。

ぶっちゃけ悪かった事・治安

photo by AUS移住.com
盗難・車上荒らし・ネット犯罪

オーストラリアの治安は場所にもよりますが、日本ほど良くは無いかと思います。(犯罪の種類によっては日本も今では危険かもしれませんが・・・)

4年の世界一周の旅で「最も大変なことになった」と言って良いくらいの盗難はノースパースという北エリアの豪邸が並ぶ住宅街の前で起きました。当時、その家には仕事の為に一時的に住んでいたのですが、移動が多く翌日の朝も早く出発しなければならなかったため、家の前に止めてあった車の後部座席に荷物を2つ置いたままにしてしまいました。それが大きなミスでした。

翌朝、パスポートの入った旦那のバックパックとギターと私の靴のバッグは物の見事に綺麗に姿を消していました。「車上荒らし」でした。家のオーナーと仕事のボスに報告した所、過去にもその家の前で車上荒らしがあったらしく、恐らく同じ常習犯によるものだと感じました。車が中古で小さく、ロックも手動タイプで古いタイプのドアで簡単に開けられたのも理由の一つではあったかとは思いますが、警察に届けも出しましたがほぼ相手にしてくれませんでした。

オーストラリアの警察官にとって「盗難」は日常茶飯事です。特に当時、旦那が最初に話した女性の警察官は「実は今朝、私も車上荒らしにあったのよー!」と共感してくれただけでなく、ギターを無くした事を聞くと「あら!じゃあ over the rainbow は弾ける?あれ、私の一番好きな曲なのよ〜!」と、陽気言って来たそうで、目が点になった。とか、という話はいまだに忘れられません。

ほんと、暢気です。

もう一つは私がスーパーの商品券を貰いたいが故にうっかり、ネットのアンケートに答えてカード情報を打ち込んでしまった後、銀行から謎の引き落としが発生した件です。

これは本当に焦りました。が、発覚してすぐに銀行に駆け込んで相談した所、直ぐにカードを止めて作り直してくれただけでなく、引き落とし先へ闘争をしてくれ、引き落とされた額を取り返す事が出来ました!

ネット犯罪は今や世界中に広がっていますが、銀行員の素早い親切な対応にはめちゃくちゃ感謝しました。あの、警察官とは大違いです。

悪の強い日本人も・・・

私の働いていた職場の裏方には日本人女性の未だかつて見た事が無い程、最強に無愛想なボスがいました。

オージースタッフとオーナーにはニコニコ普通に接するのですが、それ以外の本人が見下していると思われる全ての日本人スタッフには、まるで元ヤンキーか?というような言葉遣いと目つきで接するのであの殺伐とした雰囲気はいつも最悪でした。

その方は途中でおめでた退社をしたので、いなくなってから” 快○が出た様なすっきり感” で働く事が出来ました。職それにしても、悪の強い人間はどの職場にも1人はいるというのは世界共通なのかも知れません。

もう、あの人には会いたく無い。

そんな風に思われない様に私は生きよう。そんな事を学ばさせてもらえました。

けど、そんなちっちゃい事も屁のように思える位、楽しい事や美しい思い出も沢山あったからまた行きたい!住みたい!って思えるんだと思います。では良いことも挙げていきます。

めっちゃ良かった事

photo by AUS移住.com
オープンマインドでフレンドリーは本当!

オージーはそのフレンドリーさで世界に知られていますが、例えば上に書いた警察官だってある意味「フレンドリー」ですね。笑 初対面でも「Hi, Mite ! (ハイ、マイト!)」で大体、直ぐに仲良くなれるのは本当だと思います。

たまたま、カフェで隣に座った白人のオージー男性に地元の人が通うと言う、お洒落なレストランへ夫婦で食事に誘って頂いたり・・・パースではないのですが、アデレードでジョブハンティングをしていた頃、とあるホテルにレジュメを出したら、たまたまその時1階のラウンジで昼間から飲んでいたマネージャーとそのお友達の皆さんに誘われて一緒にお茶をしたり。

ステイ先のホストはパースをはじめ、シドニーでもタスマニアでも知り合った人々のほとんどの人は今も連絡を取り合ほど良い関係を築けたり・・

今まで私達が出会い、特にお世話になった人達は初めて会った時から結構自分達のプライベートの事を色々と話してくれて、さらには自分達の仲の良い友達を紹介してくれ、友達が集うBBQパーティーなど気軽に誘ってくれたりします。

パースで出来た友人に関してはプロの写真家をはじめ、建築士や教師、シェフ、弁護士など・・・様々な職種で人種の人達ですが皆さん肩書きとか関係なく、とにかくノリがいいと思います。パーティーとビールが好き!ノリは良い上に、ちゃんと気遣いや礼儀も正しくて、モラルのある人が多かった様に感じます。(あの、警察官以外は・・・)

 

超優しい職場の人達

旦那が初めての西洋料理のレストランの厨房で早い口調のオーダーの聞き取りに苦戦し、ヘコたれそうになっていた時も彼を時には厳しくも温かく励ます人が多かったです。

また、盗難に遭い、パスポートとバックパック、ギターを無くしただけでなく、その次の週に予約していたフライトに乗れない事が発覚したとき、イギリス人の同僚は職場のボスや仲間に募金を募ってフライト代の足しと新しいギターを彼に買ってくれたのでした。その同僚は年上で経験も旦那より上でしたが一緒にギターを弾く良き友人でもありました。

多民族多国籍な職場だからこそ、多少言葉はたどたどしくても、それぞれにお互いを理解しようとする気持ちがあれば寄り添ってくれる。超優しい職場の同僚に恵まれたのはパースでした。

 

給料がいい

資源国なので、経済は成長を続けています。また移民も多く受け入れているので、人口も毎年増加中です。

国の最低賃金は労働者の年齢や働く時間帯や曜日によっても異なりますが、私達がパースに住んでいた頃の最低時給はAUS $17.70/1 時間 (税金が引かれる前の金額で日本円でおよそ1500円)でした。*2017年6月現在は$18.29のようです。

様々なサイトで情報収集済みの方は既にご存知かと思いますが、他の都市では特にアジア人オーナーが高確率で違法な最低賃金を下回るお給料を従業員に支払っていたり、酷い所は給料すら払わないという悪質なオーナーもいたという話も聞いたことがあるので、パースへ行く前は本当かな?とやや、不安に思っていましたが、実際に行ってみて、私は日本人オーナーのレストランで働いてちゃんと最低賃金を守った給与を頂けました。

さらに、旦那はオージーオーナーで$20以上の所で働いていたのですが、この時給が夜10時以降から深夜に働く場合や深夜から早朝、土日、祝日に働くことになると1.5倍、祝日だと2.5倍に増えます!日本なら最低時給が3000円以上とかになるとどんな仕事や!?と疑ってしまいがちですがこれが普通なのがオーストラリアです。

思い切って、オーナーに理由を聞いてみると、まだ他の都市と比べると規模が小さいからだそうです。もしも、違法な賃金で払って罰則に触れようものならあっという間にその噂が町に広がってしまうのを恐れているのだとか・・・なるほど!と思いました。

程よい大きさ(規模)

お給料の話でもちらっと述べたのですが、町の規模が大都市、シドニーやメルボルン程大きすぎない所=人の多すぎない所が住んでいて落ち着くと思いました。

実際に私の生まれ育った町「金沢市」に遊びに来たパース在住のカメラマンのお友達が町の規模が何となく似ている。と言っていました。パース市内の交通機関は日本と比べるとそれほど発達していませんが、何だかんだ、電車もバスもあって十分。生活に不自由に感じる事はありませんでした。生まれ育った故郷に似た様な大きすぎない町が私達には過ごし易いのだと思います。

海が!空が!めちゃくちゃ広くて綺麗

これはオーストラリアに私が初めてやってきた小学生の時に思った事で大人になっても変わらず感じる事なのですが「空が(日本より)広い」と言う事。青くてどこまでも続きそうな広い空は恐らく電線が視界に入らないのと高いビルに囲まれている所が少ないからの様に思います。

そして、何と言ってもビーチが綺麗。住んでいたモスマンパークという町からすぐのビーチも、そこから電車に乗って見えるフリマントルのビーチもどこも大好きな景色でしたが一番感動したのはロットネス島という島のビーチです。真っ白な砂浜に透き通る様なエメラルドグリーンが目の前にどこまでも広がって、毎日がめっちゃホリデー!な気分にさせてくれます。

夏の海で出会って、海が近くにある所が大好きな私達には綺麗な海がすぐ側にある環境というのはそれだけで十分というくらい「住みたい」理由の大きな要因となっています。

 

パースに住むと決めた理由

Photo by AUS移住.com

人、経済、暮らしやすさ、景観、町の雰囲気などから着いてすぐに気に入った町パースですが、半年住んでみて、本当に「住みたい」と思ったのはどちらかというと、Fremantle (フリマントル)でした。どの辺りが良かったか、簡単にまとめてみました。

パースというか、どちらかというとFremantle (フリマントル)が好きです!

photo by AUS移住.com

通称Freo (フレオ)のFremantle は西オーストラリアではパースの次に大きな第二の市です。

1800年代に建てられたビクトリア調の建築物が多く残っていて、その数250以上もの指定文化遺産があります。街を歩いているだけで、まるで美術館の中にいるようなアートな空間が楽しめるのです。

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金・土・日と祝日のみOPENの「Fremantle Market 」も指定文化財の建造物の一つ。

週末はよくここに買い物に来ました。

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オーガニックの新鮮な食材が豊富なマーケット

そうそう、フリマントルが好きになった大きな理由の一つは「オーガニックの食材が手軽に手に入る」事です。観光名所でもあるので、そういった食材の他に、スイーツや可愛い雑貨やお土産、アート等、幅広い物が中で売られていました。日本のラーメンのお店もあって、そこにも何度か行きました。

つまり、Freoなら上に書いた理由+(プラス)・・・

  • 魅力的な町がある
  • 安心、安全な食材が買えるマーケットがある

でしょうか。健康志向の人が多いオージーの中でもFreoには何だかヒッピーでヘルシー志向の人が多い気がしました。

photo by AUS移住.com

ちょっと覗いてみたくなる様なお洒落なカフェや

photo by AUS移住.com

外に出ればカラフルなインコ?も・・・

photo by AUS移住.com

週末やイベントがある時は音楽を聞きながら飲み物など片手にこんな緑の芝生の上で敷物を敷いてごろんとしたり・・・

 

やっぱり、雰囲気的にはFreoが一番住みたい街!

 

最後に・・・

オーストラリアの紫外線には特に気をつけなければいけませんが、実は、冬が大の苦手な旦那さんが割と年中温かくて天候が良い事からオーストラリアに住みたいなと言い出したのであります。

そして、パースについてすぐの頃「直感」というか感覚的に2人とも永住するなら「パース」だね。と話していました。パースにたった半年住んで、ここにはまだまだ書ききれていない様な良い事も悪い事も本当はもっとあって、永住するならもっともっと色々な試練が待ち受けているんだろうなという覚悟もあります。

子どもが産まれて、今は日本の両親が近すぎず、遠すぎずの距離で恵まれた暮らしをしているのでかなり「安心」と言えば安心ですが・・・人生一度きり!まだまだ自分達のやりたい事を追求して実現出来るように。子どもの未来のチャンスを広げる為にも、頑張って生きたいと思います。

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